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『シン・エヴァ』シリーズ最終章の結末を予想してみた! メタ構造説、ナウシカ2説などTV版から旧劇までバッチリ網羅した5つの考察を公開

 緊急事態宣言を受けて、公開の延期が発表された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』。“新劇場版”シリーズ最終章となる本作の公開を待ちきれないファンたちの「一番好きなQは映画館で6回見た」「今年一番の楽しみ」といった声がネット上で聞こえてくることもしばしば。

  劇場公開を目前にした盛り上がりを受け、ニコニコ生放送『岡田斗司夫ゼミ』では、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の特集が行われました。

岡田斗司夫氏

 この放送の中で、パーソナリティの岡田斗司夫氏は、「こんなシン・エヴァンゲリオンは嫌だ」と題したフリップを用意し、公開予定の映画の内容を予想。「ループ説」「ナウシカ2説」「2.5次元説」など、さまざまな角度からエヴァ最終章を考察しました。

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シンジが何度も人生をやり直す「ループ説」

岡田:
 きょうは「こんなシン・エヴァはイヤだ」という話をしたいと思います。
 新しいポスターが発表されましたね。「さらば、全てのエヴァンゲリオン」とキャッチコピーが書かれていますね。

 ただ……知り合いで試写会に行った人が「いかにもエヴァらしかった」とか、「本当に完結したんだ」と言っていて……誰もストレートに「面白い」と言ってないところがちょっと気になっています。

 『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァ』)に関して、今ネットでいろいろな考察動画が出ています。そこで、僕も「こんなシン・エヴァはイヤだ」というタイトルで考えてみました。まずは「ループ説」です。これは考察動画でも一番よくあるパターンです。

 シンジ君が何度も人生をやり直している。という考察で、以前の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序(以下、序)』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破(以下、破)』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q(以下、Q)』の『破』だったかな、月の上にいっぱい棺桶があって、その中から渚カヲル君が出てくるシーンがありました。そこで「これが何人目のカヲル君で……」みたいなループ説ですね。最近のアニメでもループものが多いから、そういうふうに考える人が多いのでしょう。

 ただこの考察の欠点は、今回の作品はハンデがあるということです。つまり、これまでの劇場版を全部見ていないと理解できないのループものを、シリーズ最後の作品であんなに公開館を広げたうえで、ターゲットを絞るような作品をやるのかな……と僕は思っちゃうんですね。

 今回の『シン・エヴァ』は、『序』『破』『Q』を見ていない人や、途中でやめた人、テレビ版しか見てない人までターゲットにしないと興行収入がビジネス的にちょっときついのでは、と思っています。あくまで想像ですが、だからこそ規模を拡大した劇場公開という勝負に出ているのではと思っています。

父ゲンドウと母ユイがエヴァで殴り合う 「昼メロ説」

岡田:
 ということで、僕が2、3年前から提唱しているのが「昼メロ説」です。碇シンジ、レイ、アスカはすべて父親が違うだけで、碇シンジのお母さん・碇ユイの子供だったという考え方ですね。マリはたぶんユイのクローンだろう……ということです。

 奥さんのクローンと腹違いの子供が出てきて、「シンジは本当に俺の息子なのか?」と疑う父ゲンドウと母ユイが乗る2台のエヴァンゲリオンがボコボコに殴り合うんですね(笑)。

 劇中でヴィレという組織が阻止しようとする「ファイナルインパクト」は、母ユイが繰り出す左フックのことじゃないかなと思っています。予告編を見たら、エヴァ13号機と初号機が戦っているんですよね。
 もしかすると13号機は二人乗りなので、お父さんとシンジが協力して戦うのかなーとも思っているんですけども、まだわかりません。

街中で戦闘をおこなう初号機と13号機
(画像は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』本予告【公式】より)

人間が異常世界で生きられるよう調整された「ナウシカ2説」

岡田:
 次は「ナウシカ2説」ですね。これは地球に次々と襲ってくる使徒って何なのかと考えると、ナウシカの王蟲のようなものなのでは、と考えました。作中で語られる「人類補完計画」というのはそもそも何かというと、人の心をつなぐ誰しもが心がすべてオープンになって分かり合えている世界、つまり正常な世界ということです。
 それってまるでナウシカの「腐海の底」と同じなんですね。腐海の底が、毒がない綺麗な空気を持つ世界だったのと同じ。

『風の谷のナウシカ 1』
(画像はAmazonより)

 そしてナウシカの原作版では、「正常な世界では人間は生きられない」と書いてあるんですね。それが簡単なマスクを付けるだけで人間が腐海の近くで生きられることの説明になっているわけです。つまり、ナウシカ原作版では「人間すら既にもう調整されていた」という話だったんですね。
 腐海の森も王蟲も自然かと思ったら、あれはかつての人類が調整した人工生命だった。私たち人間も人工生命だった。だから、腐海の底にある綺麗な空気がある正常な世界では生きていけなかった……というのが、原作版ナウシカの物語です。今回の『シン・エヴァ』もそれに似た作品になるのではないでしょうか。

 つまり、「人類補完計画」が完成しちゃったら、そんな正常な世界では汚れた人間は生きていけない。なので改造される必要がある。これこそが「人類補完計画」なのではないか? というのが“ナウシカ2”説です。なので、『序』『破』『Q』に出ていたミサトたちは、マンガ版のナウシカたちと同じですね。既に補完計画が発動した後の人造人間たち。しかしまたもや、彼らは愚かに殺しあうのでリセットされてしまう方向へ物語は流れる。

 次の人類こそ戦わないようにとおとなしく調整されてしまって、今回の劇場版の『シン・エヴァンゲリオン』の最後は、おとなしい人類がみんなで「おめでとう」って拍手をするという、テレビ版のラストに繋がる感じになるのかもしれません。

シンジは4人いる! 「テレビ版」と「旧劇場版」と「序・破」と「Q」は並行世界だった説

 次は「メタ構造説」ですね。メタ構造説というのは、この『シン・エヴァ』のポスターを見た時に思いつきました。

 線路が走っていて、ポイントが合流しています。これは並行世界との合流説を表しているのではないかと。エヴァンゲリオンの『序』『破』『Q』の『Q』だけちょっとタイトルが変だと思いませんか? あれは番外編という意味ではないかと思いました。つまりテレビ版のエヴァにも、最終回に急にエヴァも使徒も出てこない平和な学園コメディのような世界でシンジたちが日常を過ごすという「学園エヴァ」のシーンが入りましたよね? そこにナレーションで「これもあなたが望んだ世界」という言葉が入ります。

『新世紀エヴァンゲリオン』を原作とした、同名ゲームの漫画化作品『新世紀エヴァンゲリオン 碇シンジ育成計画』。「学園エヴァ」の世界観を舞台として物語は進行していく。
(画像はAmazonより)

 つまり、『Q』って尺が長いから、ついつい僕らは続編だと思って誤解しているんですけど、あの長い尺がまるまる「学園エヴァ」と同じで番外編なんじゃないのかなというふうに考えたんですね。
 だから『序』『破』とは繋がってなくて当たり前。僕のメタ構造説では、テレビ版と旧劇場版と新劇場版『序』『破』と『Q』と、合計4つの世界のシンジ君が4人いるわけです。そのシンジ君たちが、対決したり話したりするものがメタ構造説ですね。

 たとえば渚カヲル君が、「君は旧のシンジ君だよね」みたいなセリフを言って、シンジ君が「旧のシンジ君ってどういう意味?」、渚カヲル君がそれに対して「かつて1998年の『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』に出た、いわゆる旧劇場版のシンジ君なんだよ。君は1998年から2012年の出番まで14年間いなくなったことにされているんだよね」とか「君はテレビ版のみんなからおめでとうと言われたシンジ君だね?」みたいなセリフのやりとりがおこなわれるんじゃないかと。
 ちなみに4人のシンジ君は全員作画監督が違うとか(笑)。なぜ、こんな物語になったのかと言うと、庵野監督やエヴァのスタッフやファンが僕たちを手放してくれないからなんだというわけですね。彼らが望む限り、何回も僕らは生まれて戦うしかない。だからシンジ君はこれからも無限に増え続けて戦うことになっちゃうと。

 そうなると、この物語に必要なのは「すべての碇シンジと庵野秀明との和解」です。実は、作中にエヴァの台本が出てきたりするのはテレビ版のラストや旧劇場版でやりたかったことですよね。観客やスタッフを交えた全員が望むラストを作中で探し出す試みをやるんじゃないか。それが「メタ構造説」です。

孤立してネルフを守るゲンドウ=庵野監督、反ネルフ組織ヴィレ=序・破のスタッフ 「2.5次元説」

岡田:
 最後、5番目ですね。「2.5次元説」というのを考えました。つまり、シンジたちは二次元のアニメというもののキャラクターであって、そしてその運命は三次元人たち、つまり作り手である監督やスタッフが握っているわけです。

 アニメのキャラクターである二次元の人から見たら、三次元人っていうのは無限の力を持っているように見えるんですけれども、実はアニメを作っている中で「キャラが勝手に動く」というのがあるんですよ。よく漫画家も「キャラが勝手に動くんですよ」って言ってたりしますよね?
 つまり、運命を握っているはずの三次元の人間たちも、彼らを自由にできるわけではないわけです。おまけに三次元人たちも二次元のキャラたちも、同じようにファンの期待という圧力を受けて、その範囲内でしか動けないというような縛りがかかっています。

 これと同じように、『シン・エヴァ』のラストではシンジ君という二次元のキャラクターと声優の緒方恵美さんという三次元の人物の両方が登場するんじゃないのかと思いました。両方が登場して喋っている時に、「あれ? 今しゃべっているのは碇シンジだろうか、それとも緒方恵美なんだろうか」、「今、私は碇シンジだろうか、緒方恵美だろうか」という悩みが出てくるわけです。
 演劇では1960年代から70年代に流行ったようなことを、アニメでやるのではないだろうかというわけですね。いわゆる前衛劇団でやってたことをもっとわかりやすくできるんじゃないかなと僕は考えました。

 だから『Q』に出てきた冬月とふたりきりでネルフという組織を守っている碇ゲンドウは、作品のスタッフとか関係者の中で孤立している庵野監督を象徴しているのではないかと思います。
 反ネルフ組織のヴィレは『序』と『破』を作ったスタッフたち。庵野監督と徐々に意見が合わなくなって、「あんなエヴァではいけない」という派閥と、昔ながらの老舗を守り続ける庵野というような構図を『シン・エヴァ』ではやるのではないか。

 両者とも共通しているのはエヴァが完結したら世界が終わってしまうという点です。だから完結編を作らせないために、『Q』のミサトたちは戦ってるわけですね。『Q』で語られる「ファイナルインパクト」とは「エヴァが終わること」を表しているのではないかと思います。
 エヴァというアニメのシリーズを終わらせたくない、しかし庵野監督はエヴァから解放されたい。この衝突をまとめるために、ラストは「エヴァという作品のシェア宣言」までいくんじゃないのかな。

 つまりこれから先、エヴァの著作権をオープンにして、どんなパロディでもご自由にどうぞという方式にするわけですね。そうすればエヴァは無数の作品世界で生き続ける、と。それが2.5次元説ですね。

 ひとつ目はすでに、たくさんの人が唱えている考察ですが、全部で5つの場合を考えてみました。延期になった公開までの時間をたっぷり楽しみましょうというお話でした。

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ニコ生岡田斗司夫ゼミ

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4人の碇シンジ登場!こんなシン・エヴァはイヤだ〈その2〉

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